都内で営業マンをしている。 上京したての頃はどこへ行くにも、上ばかり向いて歩いた。 今ではスマホばかり見るようになってしまったが。 「来週こそ、何か進展のある話をしよう。」 そんなことを考えながら隆は帰りの支度を始める。 来週はコンサートデートの約束をしているのだ。 『LoveSweets』を見る為に結衣と六本木へ行く。 きっと素敵な時間になる。
2人は久々にデートらしいデートを満喫した。 コンサートの後、夕食を食べている時に結衣から意外な話題が飛び出した。 「隆の地元って千葉の”さんむ”だったよね。どんなところなの?」 「えっ。そうだな、菜の花畑があったり、海が近いかな。山武だよ。」 ”山武”という地名にピンとこない様子の結衣。 「よかったら、今度の週末にでも案内しようか?」 ・・・・・
陽が昇り始めた頃、隆の運転する車は東京から千葉へ向かっていた。 隆はハンドルを握る手に自然と力が入ってしまう。 何せ、都会育ちの女性に地元を案内するのだから。 そんな隆の緊張をよそに、都会から離れ緑沢山の風景を楽しそうに眺めている結衣。
ここ”さんむ市”に、見渡す限り黄色が広がる畑。結衣は目を輝かせながら花畑へ駆けていく。 「すごーいっ!見て!全部菜の花だよ!」 「東京から全然遠くないのにこんな良いところがあったんだね!ほら見て!」 花に囲まれている結衣。その姿はあどけない少女のようだ。 菜の花畑を満喫した隆と結衣。 「近くにいちご狩りができるところもあるんだけど、行ってみる?」 「うん!行く!」
いちご狩りも楽しんだ隆と結衣。 摘み立てのイチゴを頬張る2人は目を見合わせる度に笑顔が溢れる。 隆が思った以上に結衣は楽しんでくれている様子。ほっと胸を撫で下ろす。 そんな時、隆のお腹が鳴ってしまう。 「あ?!隆、イチゴじゃ足りないんでしょ??」 「そうかも…。」 「私もお腹空いてきたし、お昼にしよっか!」 「うん!実は連れて行きたいところがあるんだ!」
隆と結衣が到着したのは菜園が隣接している農園レストラン。 「すっごーい!めっちゃおしゃれなお店だね?!ピザ屋さん?」 「うん!収穫した野菜を自分でトッピングに使って、 生地作りからピザ作りが体験できるんだよ!」 「ええー!楽しそう!!」
食欲をそそる。焼き上がったピザを見てみると、隆の生地は穴だらけな上に丸くもない。 結衣のピザはお店でみるものと変わらないくらいに綺麗。 決まり悪そうにする隆だが、そんな隆の姿を愛おしそうに眺めている結衣。 「隆って本当、不器用だよねー。」 「最近外食が多かったから、かな…。」 「何それー、言い訳になってないじゃん!」 形はどうあれ味は申し分なく、お腹一杯幸せに浸る2人。 満ち足りた時間がゆったりと過ぎていく。
「そういえば、海が近いって言ってたよね?海ってすぐ行ける?」 どうやら結衣はまだまだ遊び足りないようだ。 隆と結衣を乗せた車は海へと向かっていく。 しばらく車を走らせて海へ到着する2人。 結衣は車から駆け出して行く。 「わー!こんな海初めて見たかも!」 隆と結衣の目の前に広がる遠浅の海。柔らかい水平線がどこまでも続いているようだ。 「都会にいるとビルばっかりだし狭苦しい感じだけど、こうやって見ると地球って広いんだねえー。」 海の向こう側をじっと眺めながら結衣はそう呟く。 潮風が心地良い。
「最近、私達について考えてたの。」 「え?」 「これから私達どうして行くのかなって。ーこのままで良いのかなって。」 「うん…。」 「でも何でだろ、隆の地元に来てみて、なんか悩んでたのが馬鹿らしいって思った。」 「どうして?」 「東京だと皆急いでるから、知らない間に私も焦ってたのかも。」 「俺も同じだよ。これからのことを考えるのって大切だけど、 今この瞬間を一緒に楽しむのも重要なんだなって。 それに俺、結衣との未来はー」 結衣のお腹が大きく鳴る。堪らず笑い出す2人。 「もうお腹空いちゃった?」「…少し…。」 「大丈夫、近くにカフェがあるから、ちょっと休憩しよっか!」
海を楽しんだ2人は、落ち着いた雰囲気のカフェでリッチな時間を過ごす。 気がつけばもう日が沈み始める頃。 カフェを後にした2人はどこへ向かうでもなく車を走らせる。 名残惜しそうに窓の外を眺めている結衣。 会話はないが、2人はそれに不安を感じることはもうない。 バックミラーのお守りに目をやる隆。 上京する前に親からもらった大切なお守り。 ずっと忘れてしまっていたが、お守りは隆を見守り続けてくれていた。 そう思うと、不思議と勇気が湧いてくる隆。
「さっき言いかけたことなんだけどさ。」 「うん?」 「俺、結衣との未来、ちゃんと考えてるから。」 大きく目を開いて隆に向き直る結衣。 「俺、結衣と真剣に付き合ってるから。もし、不安にさせてたんならごめん。」 「ううん、ありがとう。」 しっかりとした性格の女性だからつい忘れてしまうが、結衣だって言い出せずに待っていることがある、ということに気づいた隆。 大事な話をする時は決まって結衣に任せきりだった。 隆はこれまでの優柔不断さを謝り、そして2人のこれからについて話した。
「いつもは真面目な話避けるくせに。」 「何でだろう、でも言うなら今しかないって、そう思ったんだ。」 「嬉しい、今日来てよかった。ありがとうね、誘ってくれて。」 「楽しんでくれた俺もよかったよ。」 「じゃあ、今日はもう帰ろっか。」 どこかで聞いた結衣の台詞。 でも今日の台詞は温かい気持ちが伝わってくる。 「また、連れてきてね、恋するさんむ。笑」 「もちろん!」